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三塚新司
  • [A129]

三塚新司 SHINJI MITSUZUKA

Japan / 日本

  • 審査員賞
    Judge Awards
    2
  • レビュアー賞
    Reviewer Awards
    4
  • 審査員・レビュアー
    レコメンド

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プロフィール / Profile

1974年生まれ。
高校卒業後、スキーパトロール、ライフガード、自転車便メッセンジャー、ソープランドの清掃などの職を経て、
1999年東京芸術大学先端芸術表現科に油絵科受験にて入学。
在学中より子供番組の放送作家として映像関係の仕事に関わる。
その後、雑誌編集者、テレビ局ディレクターを経て、
2016年に千葉県鴨川市に工房を設け、サーフボード制作技法を応用した作品制作を始める。

今回はコロナ禍を受け、新しい作品を制作しました。
この「バナナの皮」の作品は、巨大な存在の転倒を暗示する面を持つ為、より巨大化させる事を目指しています。

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Born in 1974.
After graduating from high school, he engaged in ski patrols, lifeguards, bicycle messenger, soapland cleaning and more.
After working in the Department of Oil Painting, she entered the Department of Advanced Art Expression at Tokyo University of the Arts in 1999.
I have been involved in video-related work as a broadcast writer for children's programs.
After that, I worked for a magazine editor and a television station.
In 2016, he set up an atelier in Kamogawa City, Chiba Prefecture, and started producing works that applied surfboard production technology.

This time I made a new work in response to the coronavirus.
This "banana peel" has aspects that suggest the collapse of a giant being, so we are aiming to make it even larger.




コロナ禍は、私に、記憶の部屋のどこかに仕舞ったある出来事を思い起こさせました。殆ど忘れかけていたような、しかし、何かひっかかるモノを感じて、記憶の棚に保管され続けた、その時の記憶、感情、疑問が、今、多くの人々と一緒に通過している出来事と突然に重なり、立ち上がり始めたのです。


それは、大規模な災害や、事件や事故の際、すなわち東日本大震災や阪神淡路大震災、2001年の9.11、2011年の原発事故の際に感じた疑問でした。その時、それまでの社会に共有されてきた、価値観や、イメージや、思い込みが、瞬く間に崩れてゆくような事態の中で、一瞬、何か深く考えなくてはいけない疑問が浮かんだのです。


今回のコロナ禍は、これまでに起きたディザスターやハザードと比べて、時間を掛けて進行した為に、あの一瞬の疑問について、改めて考察する時間を与えてくれました。それは、私たちの社会は「豊かさ」と「リスク」を交換して来たのでは無いか、という疑問でした。そしてその事を、考えなくても済むようする為の技術が「日常」という仮想の仮定なのでは無いか、というものでした。


私はこの疑問を作品化できるモチーフを探していました。そして2020年の夏の少し前に、それには「バナナの皮」が最も適している。という事に気がつきました。バナナの皮は映画表現の初期に、喜劇映画の大家であるチャップリン、キートン、ロイドなどが、それを踏んで派手なアクションで転ぶ。というシーンによく使われました。

それは19世紀の終わりに、果物の栽培・輸送・販売を一貫しておこなうフルーツ産業が誕生した事により始まった表現でした。フルーツ産業は熱帯地方からアメリカの都市部へ、痛みの速いバナナを早く低コストで輸送する為に発展しましたが、そこには現代のグローバリズムが抱えている問題と同種の問題が既に存在していました。即ち、バナナ共和国(Banana republic)と呼ばれる構造。低賃金労働と搾取。外国資本による政治体制への介入。といった問題があったのです。


このような疑問を、「バナナの皮」を通じて、まるで喜劇を見るように思い返せれば、この20年ほどの間の社会の変化に、少しウンザリした気持ちを、「これは一体どういう事だろう、」と改めて問い直せるようになるのではと、少し想像します。

また、この「バナナの皮」は巨大な存在が転倒する事を暗示するものである為、より巨大な作品を制作することを目指しています。


In response to the coronavirus, I wanted to remember the discomfort of past disasters and make the discomfort and suspicion into a work.

And shortly before the summer of 2020, I realized that "banana peel" was the best choice for it. At the beginning of the film's expression, the banana peel is stepped on by comedy film masters Chaplin, Keaton, Lloyd, and others, and falls off in a flashy manner. Since then, "sliding down banana peel" has become a classic comedy.

This is the question that our society may have traded "richness" for "risk." And a technique that avoids the need to think about it was created to spit out the question that it is a "daily" hypothesis.

Also, this "banana peel" means that a huge existence will collapse, so I am aiming for a larger work.